2005年10月 9日

みんな、泣きたいのかな

ここ数年の流れとしてずっと気になってた事。

ケラもドコか(トーキョーあたりだったかな)で言ってた事なんだけど
ここ数年、なんだか「感動のなんちゃら」とかって映画多い気がしてます。

何年前だっけ。
「たしゅけてくだしゃーい!」とかなんとか、そういうセリフが流行った頃から?

(調べてみたら去年の5月とかだったよ。数年前じゃなく、1年前の話でした。歳取ると月日の感覚がドンドンずれてきますね。)

そういう煽りの(概ね)日本映画は
大抵、恋人だか家族だかが難病で死んじゃうんです。
見てないから詳しくは知らないけど、大抵そんな手触り。

本当に号泣してる人がいるかいないかはシラナイが
「泣きました!」「感動しました!」って客が言ってたりレポーターが言ってたりするんだけれども
そんなに映画とか見て泣きたいものなのかなぁって思う。

「泣けた」から素晴らしい作品とは限らない気がするし。
笑い転げて感動する事だってあるわけだし。

まぁ、私が泣かないのか?と問われれば
ケラの芝居では大抵泣いてたりするわけなんでアレですが
ハンで押したように恋人やら伴侶やらが難病になって死んでいく事もなかろう、と
思ってしまう。

愛しい人が死ななくたって切ない表現をする事は可能だと思うし
なんかその辺がとても安易に思えてしまうのです。

そんなこんなの連休2日目、Amazonで
東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~(リリー・フランキー著)
を買ってみました。

久々に買った所謂ベストセラー本です。

チョロっと感想見てみたら「後半は号泣!」とか「タオル必須!」とか書いてあったんですが
興味的には「ああ、この人も福岡生まれなんだ」ってのと
「うわ。同い年」ってのがあって、
後、普段エロイ事ばっかり言ってる色気が妙にあるオッサンがどういう風に書いてるのかなぁというその辺が気になり買いました。

本にも使えるギフト持ってたんで実質500円位で買えちゃったし。
ちょっと「感情動かしたいな」という気分もありました。
結局、私もちょっと泣いてみたかったのです。

んで、今日の昼から数時間掛けて読了。
概ね思っていた通りの内容。
予想外にマザコン寄り。

しかし、同郷、同じ年に生まれた私とリリーさん、オカンは1つ違い、死んだ年(2001年)も同じ、と
結構うちの母と重なる所があって、
「うーん。うちの母にもこのくらい孝行出来てたら良かったのになぁ」と思いました。
ある意味とても羨ましかった。
後、学生時代のリリー君、母親に甘えすぎっ!
「シッカリせんかい〜〜、ダメ人間じゃん〜〜」と叱咤してしまうこと多々。

泣け度としては、ティッシュ1枚程度でしたが
オカンが楽しそうに客をもてなす姿が生き生きと描かれており
東京に呼んでからの7年間は絶対幸せだったなぁ、このオカンは、と思いました。

感動の部分より若い頃のリリー・フランキーの無茶のしっぷりと
謎のオトンの存在の方が私にとっては面白かったかな。

一気に読めてしまったので面白い内容だったんだ、とは思うんだけど
思ったように泣けなかったオレにちょっと残念感が漂いました。

号泣出来る人が羨ましいかも。


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Posted by otama at 23:12
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コメント

私達がセイシュンを過ごした、いわゆる80年代は、「容易に感動するなんてダサい」という風潮だったよね。全てをニヒルにすりかえるというか。
だからこそ、その頃得た感動ってすごく重くて深かった。

最近の一連の号泣モノの傾向を見るに、今や作り手側が送り出す感動って、記号化、戦略化されてて(「ホラホラ、恋人が難病」キタぞ〜、ここが感動ポイントよ〜、みたいな)、自分も含め受け手側も、頓服薬でも飲むように、感動したい時にそれをポコンと口に放り込んでるような感じ。

演劇の表現や主題って、時に野暮ったいくらい古臭く感じることがあるけど、安易な「感動」「号泣」を疑い続け、その本質を愚直に掘り下げ続けてる作り手が残っている貴重なジャンルだと思うし、私がなんとなく芝居を観にいってしまうのも、そこらへんに理由がある気がする。

うー、なんかジジ臭い意見だね(笑)

Posted by: ごまー at 2005/10/10 09:12

泣くのって、ねえ。
カタルシスというかすっきりするため“だけ”っちゃあ身も蓋もないが、
80年代ってのは特に「そんなんに騙されるか!」っちゅうようなとこで
いろんなもんが成り立ってたようにも思われるので、
それで基礎訓練を受けた80年代の子どもだからかもなんだが、
最近たまに聴くいわゆるJ-popのべたべたバラード系の大行進に
「要は歌謡曲が変質しただけのこったいね」とか思ったり。

「大事な人が死ぬ(死んだ)」ってのは、
夢オチに匹敵するストーリーテリングの王道過ぎ、
言うたら安易というか
「ひねりなさい!(x3 by嘉門達夫)」って
突っ込みたくなっちゃうよねえ。

Posted by: ぼの at 2005/10/10 09:16

これだけ「泣ける」映画が売れるということは世の中の人が
感動に飢えているってことなんでしょうね。本来はそんなもの
わざわざ見にいかなくても身近に感動はあっていいはずなのに
感受性が鈍っているのかキレイゴトを求めているのかな現代人。。。

リリーさんが同い年っていうのは知らんやった!そうなんだー。

Posted by: ペンちゃん at 2005/10/10 15:44

>ごまーさん

すごい。まるで計ったみたいに同じタイミングで
同じ「80年代説」だったのでそれこそ(軽く)感動。
やっぱりそうよね。70年代の「熱くエモーショナルな」のに
「けっ、こんな見え見えの策に引っ掛かるもんかい!」
ってな感じだったし。

もっとじじむさいというか、オイお前、な呼称として
「シラケ世代」とか「新人類」とかって、あったですよねぇ
(書きながら赤面してしまう語句だけど)

Posted by: ぼの at 2005/10/10 18:00

>ごまーさま
まさに「安易に感動するのってカコワルイ」な風潮だったよね>80年代
何でも疑ってかかれ、みたいな。
騙されるもんか、みたいな。
騙すなら美しく騙して、みたいな。

だからこそなのか、スケスケの騙しテク(泣かせテク)はもう見る前に興ざめ。
今の人ってそういうのってないのかなぁ?

>ぼのさん
そうそう。音楽にしろなんかもう今は「オレの行く道を友よ一緒に!」みたいな
どーでもいいことをオシャレな格好した人達がラップっぽく歌っててイッチョ上がり♪って感じかもしくは歌詞の内容が何回読んでも理解不能なバラードを切なげに歌い上げたりって感じで一体音楽ってなんだろうーって思うよ。

ちょっと前は「ひねりなさい!」のせいなのか何なのか
「死んだと思ってたら生きてましたーヽ( ´ー`)ノ」みたいなオチも多々見かけられたので
来年ぐらいにはソレが流行るかも。流行らんでイイが。

>ペンちゃん
本当に売れているかも疑わしいんですけどねぇ。
誰が見てるんだろう。
ブームにしよう、とどこかの誰かが一生懸命なだけなんじゃないの?とも考えてしまいます。
ホーラ。みんな泣きたいんですよぅ。泣く事が今いい感じなんですよぅ。

煽りには乗らないように生きていきたい、と心から思うです。

リリーさん、同い年です。福岡だけど筑豊の方でした。
オカンの言葉が全部方言で、懐かしかったなぁ。
筑豊の人ってアクセント違うから実際に喋られたら何言ってるかわかんないんだけどね(笑)

Posted by: otama at 2005/10/10 21:30

>ぼのさん
おお、てっきり私のレスを受けて書いてくださったのかと思ってました!
ホントに感動ですね(笑)

「シラケ世代」と「セカチューに泣く世代」だったら、
シラケ世代の方が良いですわ。
(でも実はセカチュー観たことないんでよくわからんのだけれど。
実際観たら泣いちゃったりして(笑))

Posted by: ごまー at 2005/10/10 22:04
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