12時にトモダチが来て、ゴハンを食べた後
アイちゃんが埋まってたプランターの土と
センちゃんが大好きだったカナリーシードの種をまいて
芽が出はじめた土を使って、プランターに埋葬することになりました。
今、ひざの上にセンちゃんが入った箱を置いて書いています。
正直、昨日は冷静だった。
魂が追いついてなかったのだと思います。
今朝起きたら、酷い状態でした。
体はどんよりしているし、頭はどんよりしているし。
昨晩はセンちゃんと一緒に寝ました。
ハコを枕元において、ハコをさわりながら寝ました。
急激に悲しみと寂寞感が予想以上の大きさで襲ってきました。
うん。11年一緒に居たんだから、多分これが正常。
でも、遺体は朽ちてしまうものだから、
埋葬せねばなりません。
センちゃんの毛はフワフワのままです。
特に首の辺りの毛が、愛していたセンちゃんそのものです。
冷たいことを除けば生きている時と本当に変わらない。
それでも、肉体は土に還さねばならんのです。
正直つらいです。
でも、埋葬します。
埋葬する前に、またカゴの中にちょっと入れてやろうと思います。
思えば、入院する日まで、このカゴの中でしっかり止まり木につかまって
病院に連絡がつく前に、ちょっと布を掛けて寝かしておいたのですが
いつもの一番高い止まり木の寝るポジションで就寝していたのでした。
あのカゴをいつ片付けるべきか、
埋葬の際、号泣してしまうだろう。
色々混乱しています。
だけど、これを癒せるのは恐らく時間と私だけ。
センちゃんには頼ることが出来ません。
センちゃんは、まだ側にいるだろうけど、センちゃんは私に何をしてあげることも出来ません。
だから、私が、受け止めなければ。
埋葬したら、続きを書くかもしれません。
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[埋葬後追記:2007/9/3 17:01]
ここから先のリンクは昨日家に帰ってきてから、今日の埋葬までの記録写真です。
殆ど遺体になったセンちゃんが含まれています。
私はきれいだと思って掲載しますが、中には不愉快に思われる方もいらっしゃるかと思います。
そういう方は見ないでください。
昨日一緒にいてくれた友人は、8時過ぎまで一緒にいてくれました。
その後、あの悪夢の外壁塗装中毒の時に一ヶ月センちゃんを預かってくれた友人が
訪れ、23時過ぎまで一緒にいてくれました。
センちゃん、お通夜に訪問客だなんて、人気者だな。
今日正午過ぎ、埋葬の前に。
センちゃんの好きだったキャットボールと太るのであんまり食べれなかったシードを添えて。
この時、埋葬は13時にしよう、と決めました。
埋葬は日の高い時間にするものでしょう?みんなそうしてる。
多分、日が落ちてくると、この世とあの世が混ざってしまうからでしょう。
その後の私は時計を頻繁に見つつ、カウントダウンさながら
センちゃんを撫でまくり、さわりまくり、感触を一生覚えておこうと必死でした。
最期のお別れ。
センちゃんの毛は最期までフワフワで気持ちよかった。
持った感触はもっと軽くなっていると思っていたのですが、
生きている時と同じずっしり感がありました。
センちゃんは、新宿の高島屋で「ずっしりですよ(健康ですよ)」のお墨付きで我が家にやってきた。
そして、最期もずっしりのまま逝くなんて。
ほんと、孝行息子(ダンナ?)だよ。
土の上で眠るセンちゃん。
アイちゃんを埋葬して5年半が経った土は、やはり偉大で、
アイちゃんをきれいに土に返してくれていました。
その土の上にセンちゃんを安置。
大好きなものに囲まれるセンちゃん。
これでおなかも空かないでしょう。キャットボールを振り回して遊んでくれるでしょう。
千羽鶴は、昨日の朝、大阪に住む友人が届けてくれたものです。
これも一緒に埋めてあげると寂しくないね、センちゃん。
これがセンちゃんのお墓。(遺体はないよ)
大好きだったカナリーシードを撒いて、これまた大好きだった豆苗を添えてみました。
お線香2本は、私と友人が立てたもの。
埋葬の時は、号泣するかと思いましたが、
今日今現在の時点で一番つらかったのは朝起きたときだったかな。
トモダチに電話をかけ、はじめてワンワン泣いた気がします。
土に埋める時はもっと引き裂かれる思いがするかと想像してましたが
やはり人の気持ちは幾ら自分でも想像外へ運ぶようで。
それと言うのも土の上に置いたセンちゃんがとても美しく見えたのです。
そして、色とりどりのものや好物に囲まれたセンちゃんは本当にきれいで安らかでした。
それを見て安心したのかもしれないです。
午前中、「もうセンちゃんは助けてくれない」と書きましたが、
なんとなんと、うちの孝行息子は、最期の最期まで、私をヘルプしてくれたのでした。
今、一人と一羽(我が家の三男坊ヨーソロー)で過ごしていますが
正直、まだヨーちゃんのことを本格的に構ってあげることは出来そうもありません。
(勿論、餌やり、水やりなどの基本的なお世話はしますし、声も掛けてます)
しかし、これが2羽じゃなくて、一羽だったら。
家の中に鳥の声が全くなくなってしまっていたとしたら。
そうなってしまっていたら、私はこのようなブログを書けたかどうか。
ありがとう、ヨーちゃん。
仲良くやっていこうね。センちゃんを安心させるためにも。
さて、やはり空いたカゴが一番心にくる。
振り返るとセンちゃんがゴハン食べたりしてるような気がする。
これにも慣れていくのだろうか。
センちゃん、本当にうちに来てくれてありがとう。
11年間の中で、離れて暮らしたのって、私の入院、彼の入院、数回の旅行で
日数にして1ヶ月なかったのではないでしょうか。
それだけ濃密に濃密に過ごしました。
沢山の時間を過ごしたね。
沢山お話をしたね。
私が仕事に行っている間の出来事を(多分)ぶちぶちと報告してくれたね。
ようやく、暑かった夏が終わるよ、センちゃん。
この夏がこれほど猛暑じゃなかったら、センちゃんはもっと長生きしたかな、と思うと
地球温暖化がとても憎く感じます。
でも、全てを計算しつくしたように、
私が寂しくないように、私が困らないように、逝ってくれたセンちゃん。
本当に、心から、キミを愛しているよ。
11年、丸11年、本当にありがとう。
鳥と人間でしたが、(注:この先キチガイ発言します)私はセンちゃんと親子でもあったのかもですが、夫婦でもあったのじゃないかな、と思います。
間違いなく、パートナーでありました。
これからもめそめそするかもですが、まぁ、しょうがねぇな、と思ってやってください。